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〔121〕  川竹由里子


福祉とは

 福祉とはどうあるべきか、考えずにはいられない出来事があった。ずいぶんと大風呂敷を広げたようなトピックだが、非常に身近な出来事。考えるきっかけとなったのは、会社の同僚が利用している低所得者を対象にした住宅システム。システムから永遠に抜け出せず、結果的に社会の負担になりかねないような気がする。

 福祉の一環である住宅システムは、収入別にあり、行政が管理する住宅を収入に応じて通常より安い値段で貸し出すもの。特に低所得者のみというわけではなく、アパートや住宅によっては中級程度の収入を対象にする物件もある。いずれの物件も対象の所得レベルに関わらず、通常より低額で借りられるのが利点だ。

 例えば同僚が借りているアパートは3ベットルームの物件で、該当地域で同様の物件を見つけようとすれば少なくとも1500ドルは必要だろう。それに対し同僚の賃貸料は月400ドルと破格だ。自治体が該当のアパートを所有するのか、それとも自治体が民間から借り上げているのか定かではないが、管理運営にはそれなりの税金が使われているのは間違いない。

 同僚は小学生を筆頭に3人の子供と、英語がほとんど話せない奥さんの家族5人暮らし。稼ぎ手は彼のみ。政情不安の地からアメリカに移民し、子供と奥さんを呼び寄せ、贅沢などせず彼の収入のみで細々と暮らしている。だから月々家賃400ドルとなれば、家計は大助かりだろし、まじめな彼と彼の家族を考えれば、利用できるシステムを利用し、生活が楽になれば仕事仲間として喜ぶべきことだろう。

 単純に喜べないのは、長い目で見て利用者の独立した生活を促さないこと。同僚の場合、低所得者といっても福祉の援助なしで暮らしていけないわけではない。同じポジションで働く他の同僚は福祉システムを利用していない。もちろん彼らの家族構成や境遇がまるっきり一緒ではないので、一概に他の同僚が利用していないことを理由に、彼も援助なしで生活できるとは言い切れない。

 何が直接福祉のあり方を考えるきっかけとなったかは、援助を受けている彼の行動だろう。低所得者を対象にするアパートのため、入居者は半年に一回収入を証明する必要がある。一定の所得を上回れば、援助対象者から外され、通常の家賃を払うか、アパートを出て行かなければならない。同僚の場合、対象と見なされる収入幅の上の方に該当するらしく、現状の収入を越えた場合、援助を受けられなくなる。結果仕事をセーブするようになった。

 働きたくても働けない、働く機会がないわけではない。彼には働いて収入を増やす機会がある。ただ今の収入の倍になるわけではない。いまより仕事を増やして多少収入が増えても、いまある援助を受けられなくなるなら、働きたくない、という。家族を守るため、現状の生活レベルを落とさないため、自己防衛と言えば自己防衛だろう。

 不正に援助を受けているわけではない。きちんと正規のプロセスを踏み、援助の対象者と見なされ、システムを利用している。税金もきちんと納めている。それでも諸手を上げて納得することができないのは、将来性がないことだろう。今得られている援助を手放したくないから、これ以上働きたくないとなれば、延々福祉の、いわば税金の世話になるということだろう。その半面、子供の学校の休みを利用し、家族でディズニーランド旅行や、母国に帰国したりする。その際には1週間どころから3週間から4週間もの休みをとる。小さい子もいる家族でディズニーランドを楽しんだり、母国に帰国し親戚の顔を見たり、それ自体はいいことだと思うし、実現のためには彼の仕事の穴を埋めてあげたいと思う。そう思う半面、素直に納得できない自分もいる。

 福祉とはその援助を利用して、将来的には自立した生活を促すべきものだと思う。そうならないのはシステムとしての欠陥のような気がしてならない。  【川竹由里子・元物流記者】

 

筆者:川竹由里子
【筆者・元物流記者 川竹由里子】

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