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その83 近藤三郎

節 約

 先日、少飛(少年飛行兵)の同期会で三重県賢島へ行くため、私たち同期4人は近鉄電車で行くことにした。一番裕福と見られるY君が、(特急ではなく)急行で行こうと発言。残る3人が顔を見合わせていると、特急で1500円払って30分早く着いて何ができる、4人で雑談しているうちに着いてしまうよ、と言う。それでは急行と決まり、翌朝私が切符を買いに窓口へ。

 私はこの際、徹底してやろうと思い、4人が急行で賢島へ行くが最も安く行ける方法はないか、と窓口に聞いたら、やや間を置いて、4人そろって往復、団体周遊なら1人1800円となり、往復1人240円安くなりますがどうですか、と言う。私はそれでお願いします、と言って4人一緒の切符を買い、皆に説明すると、近ちゃんなかなかやるなと……。私は安い代わりに4人同一行動だよ、と言って車中の人となった。

 賢島で、後から特急で来た同期と一緒にバスでホテルメルパーク伊勢志摩へ。外観は立派である。フロントで少飛会の旨告げると、ちょっと待って下さい、と言って事務室へ入って行った。

 しばらくして出てきて、少飛の方は1階の1008号室です、鍵は部屋にあります、と言って知らん顔である。私は全国でかんぽの宿にお世話になったが、こんなサービスの悪いところは初めてだ。

 部屋に落ち着いてお茶を飲んでいると、先に着いた同期が、サービスは悪いがいい風呂だった、と言いながら帰って来た。それではと皆が風呂へ行ったが、私はクスリを飲むため後にした。

 翌朝、浴場へ行ったが、広くてスッキリした感じのいい温泉である。窓から望む英虞湾の眺望も素晴らしい。

 私は浴槽の段のところに腰掛けて湯が溢れ出るかどうかを見た。溢れない。

 これは私の悪い癖で、かれこれ10年くらい前、M観光に正月3日間ゆっくりしたいので、いい温泉を探してくれと依頼していたところ、近いけど昼神温泉に開館したばかりのホテルを取りましたとのことで出かけた。

 1泊目は新しくてゆっくりくつろぐことができた。2日目、昼食を兼ね散策に出てホテルの裏側に行くと大きなタンクが3つ並んでいる。そして何か音がする。

 これはと思いながら散策を終え、帰ってから入浴の際、よく見ると温泉は湯口狭しとばかり勢いよく浴槽に流れ込んでいるが、目を転じて浴槽のふちを見ていると一定の水位以上は増えない。湯が溢れそうで溢れ出ない。これであのタンクの役目がわかった。温泉を濾過して再利用しているのだと思うと温泉気分になれなかった。以来、温泉に行くとつい見てしまう。

 ここの温泉も節約のため、濾過しているのだろう。仲居さんの話によると、廃業リストに載っているので節約節約で大変ですとのこと、新しいホテルだから湯量も少ないのであろうと思いながら部屋へ戻った。

 翌日、4人で鳥羽水族館を見て帰途についた。

 名古屋駅でY君と別れた後、Y君のようでないと金はたまらないよと、言って別れた。

 節約という言葉は、豊かな今の日本では見失いがちであるが、ケチとは紙一重。もったいないとも通ずる。辞典には費用、時間、労力、エネルギー等、無駄のないようにほどよくきりつめることとある。

近藤三郎氏、12月2日急逝

 約7年間、「今日このごろ」をご執筆頂いた近藤三郎氏が12月2日、急逝された。突然の悲報にわが耳を疑ったが、事実の前にはなすすべもない。

 葬儀・告別式は12月4日、愛知県豊田市内の葬祭場で執り行われた。ご親族はもとより生前の知己、名鉄運輸はじめグループ各社から多数の弔問客が参列し、永久の別れを惜しみ、ご冥福を祈った。

 故人は四国名鉄運輸社長、名鉄運輸取締役、名鉄引越サービス社長などを歴任され、名鉄運輸の引越事業の基礎を築かれた。

 退職後、無理を言ってご執筆をお願いした。第83回目となる今号が最後の原稿となった。名古屋弁のあたたかな笑い声がまだ耳に残っている。

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こんどう・さぶろう
元・名鉄引越サービス・相談役兼引越研究所長。名鉄運輸のユニークな引越システム「そのまま」の生みの親でもある。98年1月に退職。 著書『引越革命』。



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